2001.12

平成中村座旅日記
<前 編>

2001年11月25日 朝

晴天。なんだかいやに暖かい日より。

まだまだ、”ちゃー”の死から立ち直れない気分のまま
平成中村座遠征の日がやってきた。極めて精神状態は悪し。

ネコ好きだからといって、たとえば、職場に飼い猫の写真を飾って自慢話をすることもなく
(子どもと一緒で、可愛いと思うのは飼い主だけだと信じている)
お出かけのちゅーだの、ただいまのちゅーだのをするわけでもなし。
(そんなことを大人しくさせてくれるほど、”ちゃー”は性格がよくなかった)

ただ、のそのそと部屋を歩く姿を眺め、だらだらと寝そべる姿を眺め
気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らすを聞きながら、その毛並みを撫でる。
それだけ。だが、この10年間、まるで空気のような存在だっただけに、辛い…(:_;)。

コクーンの時とは雲泥の差だ。果たして、旅日記なんて書けるのだろうか…。

2001年11月25日 昼 

セーター1枚でもOKという暖かさ。だからと言って、ジャケットを
置いていくわけにもいかず。今日はいいが、明日は寒くなるとの予報。
荷物になるが裏付きジャケットを手に持ち、”ちゃー@もばいる”を納めた
バッグを片手に京都へ向かう。

コクーンの時とは違い定刻通り。すべて順調に動いている。
窓際E席に座ると、まわりは”おばちゃん”ばかりでほぼ満席。
どうやら、アメリカ同時多発テロの影響で飛行機が敬遠され
新幹線の格安チケットの値段が上がっていた。
…つまり、あまり格安チケットではない、と言うこと。
ま、この情勢なら仕方あるまい。

隣のおばちゃんは、「実家の法事で関西に帰っていた」と
そのまた隣のおばちゃん(関東から観光に来たらしい)に話しかけている。
やはり先に話しかけるところが、関東に住んではいても関西人である。

関東のおばちゃんが、おやつに買い込んだであろう草だんごを
ちゃっかり頂いて、「これ美味しいですわ」と、上機嫌。
さっすが、関西人である。恐れ入った。
確かに食すると、中に入った”こしあん”が、甘さ控えめで美味しい。
…私も立派な関西人であった(*^_^*)。
私の価値観

2001年11月25日 午後3時頃

何の問題もなく浅草駅に到着。
前回、救いようのない方向音痴であると、嫌というほど思い知らされた私。
今回はちゃあんと地図をコピーしていった。浅草松屋で弁当を買い込み外へ出る。
…えっとぉ(^^;)。
去年も来たと言うのに、やはり記憶があやふや。

いつもであれば、そのまま”えい”と歩き出すのだが(これが失敗の元)
今回は手元の地図で確認(^^;)。
(神谷バーがあそこでぇ。松屋がここやからぁ。)
ホテルのある方向が定まると、自信を持って歩き出す。

…が、なんでこないに東京って歩くテンポが遅いねん(-_-;)。
ちゃっちゃと歩かんか、ちゃっちゃと。と、心の中で思わずツッコむ。
また何の問題もなくホテルに到着。地図があるのだから当然なのだが…。
しかし汗だく。今日は本当に暖かい。ジャケットは裏を外して行こう。
さて、一休みして中村座へ向かうとするか…。

2001年11月25日 午後4時頃

またまた何の問題もなく、平成中村座前に到着o(^-^)o。
すでにたくさんの人だかり。知り合いの顔を探すが発見できず。
開場時間近くになると、中村屋贔屓にはすでに顔馴染みの役者さん
梶浦昭生さんが衣装をつけて中村座前に登場。
一段高いところからの、ごあいさつが始まる。
開場となり、門口を入ると売店が並び
中村屋の紋、「角切銀杏の焼印入」升についだ振舞酒。

いいねぇ(^-^)。
ピカピカのロビーに制服のお姉ちゃんのご案内。
そんな常設の劇場と一番違うところだぜ、と雰囲気に浸る…。
つもりが、まわりのおばさま方は、そういうことにはまったく興味がないご様子。
あまりの混雑ぶりにのんびりもできず、靴袋を受け取って劇場内へ入る。ふぅ(^^ゞ。

場内で、いつもなにかとお世話になっているTさんと会う。
開演までのわずかな間に、中村座へ2度目の上京という彼女に
前回の舞台の話を聞くことになる。
おしゃべりな勘九郎(現・勘三郎)さんに似るのか、話が尽きず。
…これも中村屋贔屓の特性か。

2001年11月25日 午後4時半開演

『義経千本桜−知盛編』開幕。

福助さん演じる典侍の局が、幼い安徳帝を平家一門の待つ極楽浄土へ、となだめ
いざ入水か、と言う場面。…息が詰まる思い(:_;)。
今の私には、”小さい者の死”が、どうしようもなく辛いのだ。
勘九郎さん演じる知盛の壮絶な最期まで、胸の痛みが止まらず。
うぅ、辛い(T.T)。…でも、初日にこれでよかった。
最後に『知盛編』を見ていたら…、たまらんかったやろなぁ。

(/_;)シクシク…
2001年11月25日 午後7時過ぎ〜

今回の中村座は、終演時間がかなり早い。
一日通しで上演されることが多い『義経千本桜』を
3部に分けるのだから当然と言えば当然なのだが…。
外へ出ると、Tさんやその他のお馴染みメンバーと顔合わせ。
しかし、気分は『ずどーん』と落ち込んでいる。

壮絶とはこういうこと

もともと出待ちはあまり好きではない。
それに明日もまた、一日中村座へ入り浸ることになるのだ。
お先に、と、早々にホテルへ戻ることにした。

途中コンビニに寄って、ミネラルウォーターを買う。
ついでにビール、なんて思ったが、酒類を取り扱うコンビニが見当たらず。
諦めてホテルに戻り、エレベーターを下りる。
と、それここにと、これ見よがしに、ビールの自動販売機が置いてある。
450円(500ml)とは…高過ぎる!、が、やはり購入(^^ゞ。

最近寝付きが悪いので、寝る前の一杯が欠かせないのだ。
非常にまずい傾向。でも、しばらくの間のことだから大目に見よう。
と、自分に言い訳をするのも、情けないが…(-_-;)。

コクーンの時とは違い、今回のホテルはとっても静かである。
妙な音も妙な声も聞こえず。しかし、眠れず…。

この中村座遠征のために、”ちゃー”の死を早めてしまったのではないか…。
舞台を見ながら、時々、そんな気持ちがこみ上げてきた。
タイミングが悪かったのだと、納得させようとするが、やはり自責の念にかられる。

仕方がない。明日でやっと、”ちゃー”が亡くなって2週間。
心の修復には”時間”が必要。まだまだ時間が足りないぜ…(:_;)。
一言を更新した後、クリスマスソングのmidiを聞きながらボーと過ごし就寝。

2001年11月26日 早朝より〜

結局、あまり眠れず。
食欲もあるような、ないような、であるが、早々と朝食を取ろうと階下へ下りる。
1階レストラン表には、クリスマス・ツリーがきらきら。…クリスマスかぁ。
…と、足を踏み入れたそこは、どこかの団体客であろう
”じいちゃんばあちゃん”で埋め尽くされていた。

そう。お年寄りの朝は早い。
7時からの朝食タイムを待っていたかのごとくに、大勢で押し寄せたに違いない。
ま、しゃあないか…(^^;)、と、”じいちゃんばあちゃん”のど真ん中に席を陣取る。

朝食バイキング、本日の特別メニューは”ドライカレー”。
…朝から重いな(^^;)。
なぜか”おでん”もある。なんだか不思議な取り合わせだ。
とりあえずそれは避けて…、クロワッサンにスクランブルエッグ。
ヨーグルトにオレンジジュースにサラダ。
食後にコーヒー、と、軽く洋風でまとめてみる。

しかし、このじいちゃんばあちゃんの集団。
地方からの団体客と思っていたら、話す言葉は”ちゃきちゃき”の下町言葉。
隣の席のばあちゃん二人は、内海桂子好江師匠ばりの息のあった掛け合い。
集合時間までまだ時間がある、なんて話をしてるってことは
やはり宿泊客なのだろう。まあ、USJで、大阪弁の団体に会うようなものか…。

よく大阪の人間は、声がデカくておしゃべりでうるさい、と言われるが
東京下町の”じいちゃんばあちゃん”も、かなりのものである。
両方の耳から、”ちゃきちゃき”と入ってくる話し声が、寝不足の頭にはよく響く。
…それだけで満腹になりそうである(^^;)。

てやんでぇ…


そんな下町言葉に囲まれていると、中村座で『髪結新三』もいいねぇ、なんて思う。
あの小屋くらいの寸法ならば、江戸の下町の雰囲気にどっぷりと浸れそうだ。
新三が白子屋の手代忠七に、恋仲の御店の娘、お熊を連れて逃げろと
耳打ちする場面だって、声を張る必要もなし。
悪事をそそのかす新三の”悪の匂い”が、小屋いっぱいに漂って…。
…と、妄想は果てしなく続く。

そんなこんなで、なんだかよく味もわからぬうちに、朝食タイム終わり。
部屋に戻るばあちゃんたちが、エレベーター前に溜まっているので
少し外の様子を見ることにする。やはり今日は冷える。

平成中村座千穐楽の朝か。
また今日も、舞台を見るのが辛いかもしれない…。
そんな気持ちを吹き飛ばすように、冷たい風がぴゅーっと一吹き。
さあ、シャワーでも浴びて、仕切直しとするか(^-^)。

後編につづく…

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